2007年06月16日(Sat)
心を鍛え人間を鍛える
加納治五郎が柔術を学ぶ決意をしたのは
東京外国語学校(東京外国語大学)の
学生の頃でした。
治五郎は小柄で、
体はあまり丈夫ではありませんでした。
柔術で体を鍛え、大きな人にも負けない
力と体を作りたい。
学問では自信があったので、
体のほうでも自信を持ちたかったのです。
1877年、治五郎は東京日本橋の柔術家
福田八之助宅を訪れ、それ以来、毎日
稽古に通いました。
稽古は厳しいものでした。
手足の傷が絶えることが無く、
古い傷が治る前に新しい傷が出来る
というありさまでした。
手足のどこかに、いつも万金膏(まんきんこう)
というこうやくを貼り付けていたので、
いつの間にか学友たちから、
「万金膏の治五郎」という
ニックネームがつけられてしまいました。
こうして治五郎は柔術を習得すると、
創意工夫を加えて、
新しく柔道を完成させました。
東京外国語学校を卒業してから
東京帝国大学に進み、卒業後、
学習院の教官になりました。
22歳の時でした。
それから下宿していた下谷の永昌寺で
「講道館」という塾を始めました。
そこで治五郎は、英語、漢文、
さらに柔道を教え始めました。
治五郎は門人たちに語っています。
「柔道を学ぶのは、技をおぼえ、
体を鍛えるだけでなく、
心を鍛え、人間を鍛える"道"を学ぶためです。」
東京外国語学校(東京外国語大学)の
学生の頃でした。
治五郎は小柄で、
体はあまり丈夫ではありませんでした。
柔術で体を鍛え、大きな人にも負けない
力と体を作りたい。
学問では自信があったので、
体のほうでも自信を持ちたかったのです。
1877年、治五郎は東京日本橋の柔術家
福田八之助宅を訪れ、それ以来、毎日
稽古に通いました。
稽古は厳しいものでした。
手足の傷が絶えることが無く、
古い傷が治る前に新しい傷が出来る
というありさまでした。
手足のどこかに、いつも万金膏(まんきんこう)
というこうやくを貼り付けていたので、
いつの間にか学友たちから、
「万金膏の治五郎」という
ニックネームがつけられてしまいました。
こうして治五郎は柔術を習得すると、
創意工夫を加えて、
新しく柔道を完成させました。
東京外国語学校を卒業してから
東京帝国大学に進み、卒業後、
学習院の教官になりました。
22歳の時でした。
それから下宿していた下谷の永昌寺で
「講道館」という塾を始めました。
そこで治五郎は、英語、漢文、
さらに柔道を教え始めました。
治五郎は門人たちに語っています。
「柔道を学ぶのは、技をおぼえ、
体を鍛えるだけでなく、
心を鍛え、人間を鍛える"道"を学ぶためです。」
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